しばらくの沈黙があって、松下部長が口を開く。
「どうやら待たされた甲斐があったようだが、四、五、六の1クールの展開は可能としても、次の七、八、九の1クールはどうするつもりなのかね。三カ月のブランクは埋まるのかね。その次の十、十一、十二の1クールは分かるよ。鮭が遡上してきて産卵してそして死ぬわけだが、その後はどうするのかね。その次の1クールのことも頭に入れておかなければ」
「一年間ぶち抜きってのはどうです、部長。工事の段取りで実際には九月位のスタートになるかも知れませんし。それに、鮭は翌年の二月までは上ってくるんだから」
「それはちと危険すぎはしないかね。鮭に興味がある釣り人ばかりではあるまい」
「キャンペーンにするんなら、それくらいやってもらわなきゃ」
「うん、それは予算取りにも関係してくるだろうな。四月からとなれば、番宣の立ち上がりはすぐにでも取りかからなければならないだろうし」
「代案は考えてあるんだろうね、芦沢君」
林課長と森副部長が松下部長のフォローに回る。
「部長、秋から冬にかけては沿岸の漁も盛んになってくるけど、夏の間はお手上げだ。従って、次の1クールは船と磯で、深海狙いでいくしかねぇでしょう。魚も今じゃ大分深場に移ってるようですし。それに、淡水はどうせ水がねぇし取材はできませんよ」
「ふむ、要は四、五、六の1クールをしのげれば何とかなるということだな。いかがでしょう、木下課長、私は何とかなりそうだと思いますが」
「確かに、突然、鮭と言われたときにはどうなるかと思いましたが、同じスポンサー料でこれほどのキャンペーンがらみの企画になるのであれば文句はない訳でして。ただ、こう話が大きくなりますと、私の一存では決定しかねますので、上に回すことになると思います。できれば、企画書にまとめていただいて、もう少し場所やなんかを具体的にしていただければと思いますが」
「企画書、分かってるね、企画書で提出ですよ」
副部長が口を挟む。
「で、どうだろう、芦沢君、次回は十日後ということで、企画書にまとめてもらって、木下課長、そのときに部長にご同席していただくということではいかがでしょう」
「ええ、そうしてもらえると有り難いですな。何せご自分で決めなければ気が済まない質でして」
「じゃ、そういうことで」
松下部長が立ち上がりドアを開けて木下課長と森副部長を外に連れ出すと、林課長が会議を締め括るべく口を開いた。
「という訳で芦沢君、企画書にまとめて一週間後には私のところまで提出してください。新聞社の方の手配は私の方でやることにしますが、一大キャンペーンということになれば他のマスコミに対する配慮も必要になるだろうし、会社としても十分なバックアップ体制を取りたいと思う。じゃ、その時までに現場の詰めはしておいてください」
林課長がそう言い残して部屋を出ていくと、広告代理店の村田が早速鼻をひくつかせ芦沢の方に寄ってくる。
「芦沢さん、すごい企画じゃないですか。これで、他社の番組がかすんでしまいますよ。長い間あっためてらしたんでしょ」
「いや、思いつきよ。鮭っていやぁカナダにアラスカと相場は決まってる訳で、金さえありゃ誰でも釣れるってのが面白くねぇだろ。堂々と日本で鮭を釣るってのを一度やってみたかっただけよ」
「でも、キャンペーンに仕立て上げることができれば、すごいですよ。もう、タックルだけのコマーシャルなんて古いですからねぇ。企業のポリシーが反映されたものでなきゃあね」
「そうなるかどうかは、山田社長の腕次第だ」
「いやぁ、私じゃなくって、うちの斎藤の腕次第でしょ。私は何も分かりませんから」
「斎藤さん、ずっと黙ったまんまだったけど、どうなんだ、あんたは」
「芦沢さん、俺は二度とヤラセはごめんだぜ。あんたの企画はいつも危険な匂いがするけど、今回は特にヤバイ感じがするんだ。あんときだってそうだろ。業界じゃ常識の線で行ったって、シャバじゃヤラセになっちまうんだ。この国じゃ鮭を釣るだけでもお縄もんだってのに、川を造るときたもんだ。しかも、工期はたったの半年。川ほど厄介なものはないのはご存知でしょうが。それこそ、建設省に農水省に厚生省に地方自治体、おまけに江戸時代からの水利組合までが絡んで利権の漁りあいだ」
「一山買っちまえばいいだろ」
「一山買ってどうするんです」
「一山買って川を造っちまう訳だよ」
「その話、あるかもしれませんよ」
アシスタントの西山が口を挟む。
「俺の田舎、実は福井なんですけど、山の方なんです。それで、今度の旱魃のあおりで山は山火事で丸焼けでどうしようもなくて、おまけに田んぼに水を引こうにもこの渇水でどうしようもなくって、畑も雨水だけが頼りだったもんで、こっちも全滅なんです」
「ほう、山は君んちのものなのか」
「ええ、あの辺りじゃ皆一山や二山は持ってるんです」
「ほう、いいじゃないか。自分の山に水を引くだけの話で収まりそうじゃないか」
「大分上の方なんですけど」
「いいんだよ大分上の方が。水は低きに流れるんだからな。九頭竜川からは遠いのか」
「ええ、ちょっとあります。あの辺りの川は皆九頭竜川に流れ込んでますけど、うちの村から一番近い川は直接日本海に流れ込んでるんです。隣村の小さな川で、知ってる人もいませんけど」
「何て言うんだ、その川は」
「水無川です」
「いい名前じゃないか」
「うちの村、実は水無川からは取水してなくって、九頭竜川から取水してるんです。距離は水無川の方がずっと近いんですけど・・・」
「名前の通りからいくと、九頭竜川の方がキャンペーンは張りやすいんだが、水量と金を考えるとその川の方が安く上がりそうだな」
芦沢が西山の言葉にかぶせる。
「芦沢さん、あんたまた金をバラまくつもりか」
斎藤が睨むのを無視して、芦沢が言い放った。
「いや、村興しで行こうぜ。その水無川までを君んちの山のてっぺんとつないで河口まで水で一杯にする。あの辺の村なら千人かそこらの村人だろう。公民館か体育館か借りて一時間も説明して、後は温泉にでも繰りだしゃ終わりだろ。渇水に喘ぐこの国でただ一つ水に溢れた川が誕生して、その川を鮭が上る訳だ。川造りのプロセスも紹介できるし、ネタには困らんだろ。これで、鮭も救えるし、日照りに泣いてた村も救われるって訳だ」
「あの、芦沢さん、水無川っていうのは隣村の川なんですが」
「ああ、分かってる。それがどうかしたのか」
「ええ、実は隣村とうちの村とは全く付き合いがないまま今まできてるんです」
「ほう、それじゃこれを機会につき合いを始めりゃいいじゃねぇか」
「そんなに簡単な問題じゃないですよ」
「気にすんじゃねぇよ。俺に任しておけよ、成算ありなんだからよ」
「芦沢さん、俺はもうヤラセはごめんだぜ」
「斎藤さん、これが何でヤラセなんだい。慈善事業みたいなもんじゃねぇか」
「とにかく、俺はヤラセと分かった時点で手を引かせてもらうぜ」
斉藤はそう言って睨み付けるような視線を芦沢に飛ばすと、部屋を出ていった。
|