その年、人々はまるでハワイのようなクリスマスを祝い、盆のような年末を過ごした。
家電業界はクーラーと扇風機の増産を続け、貴重な水から作られたアイスキャンディーやかき氷は最高の贅沢品として庶民の垂涎の的となった。
季節感のなくなった街には半袖シャツやアロハシャツがあふれ、音楽業界では突然流行しはじめたビバルディの「四季」や、ディートリッヒ・フィッシャー・ディスコーの歌う「冬の旅」のCDの増産に追われていた。
雪上を滑るシーンや、氷の上で水着姿の女性タレントが喉を鳴らしてビールを飲み干すシーンを多用したTVコマーシャルが人気を集め、温泉やトロピカルムードを煽る旅行社の広告は姿を消してしまった。
「少しでも涼しくこの冬を過ごすために」というフレーズがどのコマーシャルにも使われるようになっていた。
前年、冷夏と暖冬に悩まされた洋服業界は酷暑の夏に気を良くして厳冬を期待した。だが、人々の思いとは裏腹に気温は一向に下がる気配を見せず、家電業界と同様、夏物の生産を継続せざるを得なかった。
平均気温四十度の気候は安定をみせ、列島がそのまま赤道直下にまで移動したかのような熱に昼も夜も包まれていた。全国で熱死が相次ぎ、東北や北海道出身者の入院騒ぎが目立ち始めた。
例年なら慌ただしくなる街にもその風情は見受けられず、夜になってやっと、暑さを避けてお節の材料を求める人々の姿が散見される程度だった。
紅白歌合戦の出演者までもがアロハシャツのオンパレードで、季節感を逸した年の瀬を締めくくることになった。
年が明けても雪国には降雪もなく、好天が続いていた。温かければ雨になるはずなのだが、まるで秋晴れがそのまま続いているような乾燥した天候が続いていた。
気象台は、相変わらず、「観測史上始まって以来の気候」を連発していたが、その原因については、エルニーニョ現象に変化が現れたからだとか、太陽の黒点が増えたからだとか、温暖化現象の影響の現れだとか、チベット高原の積雪量が少ないためだとか、ジェット気流に変化が起こったからだとかが取り沙汰されはしたが、いつまで経っても明確な解答が与えられることはなかった。
原因も関係も構造も不明なままに、地下水と緊急輸入に頼る水政策は半年が経過しようとしていた。
都市部のビジネス街では給水車が一定時間に給水を行うため、社員達の仕事の半分は水汲みに当てられることになった。レストランも喫茶店も飲み屋も閉店に追い込まれ、社員食堂はパンとミルクのみのメニューに切り替わった。飲料水は部課ごとに割り当てられ、いかに少ない水で水洗トイレの汚物を流すかということが組合のQC活動のテーマになった。
バブル経済崩壊後、そのまま放置されていたサラ地では見境のないボーリングが開始された。抵当として所有していた銀行が、こぞって不良債権を一掃する方策として水商売を始めようとしていた。突然駐車場に温泉が出現し、喫茶店で時間潰しをする代わりに長湯で時間潰しをする営業マンたちの溜まり場になった。
ビルの谷間の鰻の寝床のような土地に「ウォーター・ファウンティン」という名前で水を売る「喫水店」が出現した。ここは昼休みに行き場を失ったOLたちで賑わっていた。ここでは、世界各地から輸入されてくる水が飲めるようになっており、その場所から汲み上げられた地下水がお冷やとして出てくるサービスがついていた。
世界各地から輸入されてくる水の中では、カナダの水とアラスカの水とロッキーの水が人気だったが、東南アジアの水は米と同じように人気がなかった。
ミネラル・ウォーターの老舗であるエヴィアンやヴィッテルやヴォルビックにはすでにプレミアムがついて、給料日の飲み物になっていた。
テレビの料理番組では、タイ米の美味しい食べ方に変わって、水を使わない料理が中心になった。さらに、水が飲みたくなるような、カレーやタイ料理や韓国料理や中華料理は一切テレビ画面から消え、減塩薄味料理ばかりが取り上げられた。味噌や醤油のコマーシャルも流れなくなった。
洗濯を思い起こさせる洗剤のコマーシャルも、ほかほか湯気の立つラーメンのコマーシャルもブラウン管から消えた。
急ピッチで進められた工事によって、やっと海水淡水化装置が主要都道府県では稼働し始めた。
大型タンカーが始終出入りする臨海工業地帯を擁する海浜都市は、比較的スムーズに水飢饉から解放されつつあったが、海のない県や海から遠い都市や山間部では水圧の不足で給水がままならず、地下水や温泉に頼らざるをえなかった。
鄙びた温泉宿は突然、冷ました温泉水をペットボトルに詰めて販売し始めた。
長い間放置されていた井戸も復活した。
中には、干上がってしまったダムの底にある以前の自宅の井戸を掘り直す者も現れた。すでにこの頃には全国で温泉と地下水と合わせて二千か所の掘削が行われたことが報じられたが、同時に、保健所の水質検査が追いつかず、各地で下痢や発熱が相次いでいることも報じられた。
ゴルフ場や水田を上流部に持つ中流域の都市では地下水から多量の農薬が検出され、折角掘削に成功しても飲料水としては適さないために、工業用水として下流域の工場地帯に回し、代わりの飲料水と交換するという水々交換も頻繁に行われていた。
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