正月が終わると、カメラマンの斎藤と撮影クルー一行は北太平洋公海上に向かった。
企画段階では面白くても、実際にそれが撮影できなければ、映像として定着することはできない。今回の撮影が、まったくそれだった。
北太平洋アリューシャン諸島沖合。この辺りに太平洋の鮭属たちが回遊していることは間違いないのだが、その回遊路は定かではない。網を入れて捕獲する作業ではなく、北太平洋を群泳する鮭の姿を撮るという作業は会議室での想像を遥かに超えていた。
通常、鮭は水深六十メートルの辺りを回遊しており、一日一回だけ日の出の頃に浮上する。これを狙って撮影しようという訳だった。
シロザケ、ベニザケ、カラフトマス、ギンザケ、サクラマス、マスノスケこれらの鮭たちがそれぞれの群れをなし、所狭しと泳ぎ回っている映像。それが第一回のオンエアのタイトルバックになる。
そして、このプロジェクトのセンセーショナルな全貌が、エコロジー派作家荒木のナレーションとCGで作成されたシミュレーション映像によって紹介されるのだ。
荒木は、日本はおろか世界の川を釣り歩いている作家として知られており、今回の企画の狂言回しとして芦沢が起用することにしたのだ。
北太平洋から鮭と一緒に川までカヌーで遡るというのが企画の内容だ。
荒木はそのルックスや著書のハードボイルドさとはかけ離れて小心で狡く金に汚いことで業界では知られていたのだが、芦沢は彼を口説くのに金も女も酒も使わなかった。荒木のハードボイルドイメージをますます高めることにもなるというのが正攻法の口説き文句ではあったのだが、やはり、思っていたとおり、キャンディに頼んでオプションで用意しておいた餌の方に飛びついてきたのだった。
船長との契約は一週間。
撮影を前にしての魚影のリサーチが斎藤以下撮影クルーの任務なのだが、途中アクアラングをつけて潜ってみて群れを見つけることができれば撮影もしてしまうというハードな内容だった。
釣り番組の撮影のリスキーなところは、クルーがいくら頑張っても釣れるかどうかは分からないという点にある。だが、釣り番組である以上、釣れなければ番組として成立しない。
海ばかりの釣りでも1クールくらいならつなげないことはないのだが、この際、別案でという意向を示したのは木下の上司の部長だった。
アイデアの善し悪しは別にしても、目先を変えたかったのだろうが、理由はどうあれ、徹底的に自分のことを馬鹿にしてかかる芦沢にだけには頼みたくないというのが木下の本音だった筈だ。
だが上司に提出した企画書の評価が高く、「全社を挙げてやれ」というゴーサインをもらってからは芦沢とべったり行動を共にするようになった。
その日は、まずは現場を見てからだという芦沢の言葉に素直にも従って、木下も福井の山奥にまでついてきているのだった。
JR駅の改札には駅員はいなかった。大きなバッグとブリーフケースを持った芦沢と木下が改札を出てバス停のベンチに腰を下ろすと、目の前の商店街を挟んだ道路に一月だというのに陽炎が立っているのが見えた。
「バスはちゃんと来るのかよ、芦沢さん」
「もう来るんじゃねぇの。のんびりしてるんだろ、ここらじゃ乗る人間だって決まってるだろうし。電車と連絡してるだけでもましってもんだろ」
「一時間に一本にゃ参るよな」
「それでも多すぎるくらいじゃねぇの。俺たち以外誰もいねぇんだし。煙草でも、ああそうか、吸わなかったんだよな」
しばらくすると、バスは駅前の小さなロータリーにやってきた。始発のはずなのに不思議なことにバスの中には数人の乗客があった。多分、バス会社の車庫が近くにあって、勝手知ったる村人はそこで乗り込んだのだろう。見ると、運転手も乗客も殆ど同じくらいに人生の終焉に近い年齢の人達ばかりだ。
老婆達は街で買い物でもしたのか白いビニール袋を手に手に持っている。
老人は農具の部品でも買いに出てきたのだろうか、ダンボールの小さな箱が、布製の年季の入った工具袋からはみ出しているのが見える。
誰も喋らず、だが、全員が芦沢と木下の方を注視しているのが分かる。
運転手ですら、時折バックミラーで二人の方をチラリチラリと見やっている。
芦沢は、持ってきた二万五千分の一の地図をブリーフケースから取り出して地形の確認を始めた。バスはノロノロと走りながら数個のバス停を通過したが、誰も降りなかったし、乗ってもこなかった。それもそうだろう。法事でもない限り、途中から乗ってきて終点の山奥まで行く人間などこの村にいるとは思えない。
いずれこのバスに乗り合わせた乗客全員と駅前の公民館かどこかで出会うことになる。芦沢はそう考えて地図をしまい立ち上がると、反対側の席に座っている老夫婦らしい二人に話しかけた。
「すみません、西山さんのお宅ってもうすぐなんですか」
聞こえたはずだが二人とも耳が遠いのか振り向こうともしない。だが、芦沢が、実はあそこの息子さんがうちの会社に勤めてるんですが、と続けると老婆の方に反応があった。
「あれ、あそこの末っ子が行ってる会社の社長さんですか」
「いえ、社長じゃないんですけど、同僚でして。いつも一緒に仕事をしてるんです」
「ゴルフ場でもお造りになるんで」
「いえ、息子さんから今度の干ばつでひどくやられたという話を聞きまして、お見舞いがてら、ご挨拶にと思いまして」
「まあまあ、それはご丁寧なことに」
短いやり取りの内容をバスに乗っている全員が理解したようだった。老婆の言葉でバスの中が一瞬和んだ。隣の老人が話を引き継ぐ。
「あそこは終点ですわい。そっからまたちいっと歩かんなりませんが。去年も今年もあそこは大変ですよ。なんせ雨が一滴も降らんのですから。わしらんとこでも去年の半分しか米は取れませんでしたしな。それに、山火事で、もう大変でしたわい」
「上の息子が勤めに出てなかったら、えらいことでした」
「もともと、あの辺りって水がないんでしょ」
「あそこらは、水無山のふもとになりますんでな。むかあーしから水にゃ恵まれんとこです、あの辺は」
「息子も、町にアパート借りてましてな、一緒に町に住もういうてましたがな」
「町って」
「ああ、さっきバスに乗られた町です」
「今はご両親のお宅に帰ってるんですか」
「さあ、どうなんでしょうなぁ」
老婆が後ろを振り向くと、知り合いらしい老婆がそれに答える。耳は決して遠くはないのだ。
「おるよ。もう、町で一緒に住もういうてるようですけどな」
面識は全くないが、アシスタントの西山の兄ということならそれほど押しが強いとは思えない。きっと両親思いの優しい男なのだろう。引っ越し資金を提供するという話にでも持っていければますます話はスムーズにいく。現地の情報は現地で仕入れるという鉄則はここでも生きていた。
老人達が三々五々バスを降りていくのを丁寧に一人一人見送る内に終点に着いた。バスを降りようとすると、運転手が声を掛けてきて宜しく伝えてくれと言った。まずは第一関門を突破したと見ていいだろう。村ではいい評判も悪い評判も翌日には全員が知ることになる。
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