アシッド・レイン
---- 第二章 (5)----

斎藤が上手く映像を作っていてくれさえすれば、四月からのオンエアは上手くいく。そして、四月の映像さえ手に入れば五、六の映像はつないでいける。海でのサクラマス釣りを追って行けばいい。
七、八、九は深海釣りでつなぎながら、キャンペーンのテーマを伝える番宣も盛り込んでいけばいい。水無川の新しい名前も募集する予定だ。
これを契機に数百年の間不仲だった二つの村が合併して新しい町になるという仕掛けも盛り込むつもりだ。
そして、いよいよ十月には全国から水無山のてっぺんに水が運ばれ、水無川が水有川に変わるのだ・・・。

「あっ、芦沢さん、荒木さんと連絡つかないんですよ。どうなってるんですかねぇ」

会社のエレベーターが来るのを待っていると、アシスタントの西山が声を掛けてきた。斎藤とは会社で待ち合わせることにしてあった。

「おっ、もう帰ってたのか。もう、出番か、奴さん」

「ええ、そうなんですよ。カヌーでさっそうと登場願えそうなんですよ」

「ほう、順調じゃねぇか。で、あっちのロケの方、どうだった」

「大変ですよ、もう。ありゃ、釣り番組のロケじゃないですよ。従軍撮影みたいなもんです。ロシアの監視船には出会うわ、アメリカの巡視船には出会うわで、その度に『鮭の群れを撮影してます』でしょ。信じて貰えませんよ、あんな所じゃ」

「で、群れには出会ったのか。斉藤さんはどうした」

「バッチリ。とにかく、この画を見てみてください。斉藤さんはずっと北海道の方でスタンバったままです。OKなら電話入れることになってるんです」

エレベーターには誰も乗ってこなかったので、芦沢は西山に話しかけた。

「親父さん、大変だな」

「すいません。突然だったもんで、芦沢さんこそ、兄貴の相手で大変だったでしょう」

「いや、何てことねぇさ。工事の方もやってもらえそうだし、きっと上手くいくさ。それに、なかなかいい村じゃねぇか」

「そうですかぁ〜」

二十一階までエレベーターは直通だった。エレベーターホールから制作部と書かれた部屋に二人は入っていった。

芦沢は空いた会議室を見つけて西山を座らせ、自分は森と林を連れにいった。部屋の奥に森と林を探すとちょうど二人は話し込んでいるところだった。

「森さん、林さん、ちょっとミーティングしたいんですがね」

会議室に二人を案内すると、すぐに芦沢は口を開いた。

「首尾は上々、近畿電力はやる気ありと見ていいんじゃねぇかと思います。出てきた連中の顔触れからすると、大いに脈ありってとこです。予算と媒体計画に入れそうです。それから、西山君の家の方なんですが、町ごといく必要があると思いますね。後、建設省がどう出るかなんだが。山に道をつける程度のことなら問題はねぇと思うんだが、川とつないで水を流すということになると話は全く違うでしょうから」

「そこだな。芦沢君、川を造るというのは難問だぞ」

林課長が心配気な顔を向ける。

「川を造るつもりはなんかありませんよ。溝ですよ。溝を造るんだ。しかも、川から水を引くための溝じゃなくって、川に水を流すための溝だ。山の方は問題ねぇと思うんです、個人の持ち山なんだから。平地から水無川までの合流点の辺りが問題だろうけど、たかが一つの村だ。下流のことまで含めても一つの町だ」

「町ごといくというのはそういう意味かね」

「ま、そういうことです。俺の方の報告はこれくらいにして、ロケハンの方ですけど、さっき西山君から聞いたところによると、バッチリのようです。これは直接西山君から報告して貰いましょう」

「さっき下で芦沢さんにお話したんですが、とにかく、アメリカとロシアの艦隊の中で仕事してるようなもんでした。公海上だから自由に撮影できると思ったのは間違いのようです。水中撮影というのは特に難しいようです。鮭の生態を撮影するなんてのは、連中に取っちゃ、単なる言い訳にしか聞こえないみたいで、即刻中止ですよ」

「それで」

「ええ、それで斎藤さんの考えで小樽から日本海に入ったんです。そしたら、何と、いるんですよ、これがウジャウジャと」

「で、回したのか」

「勿論ですよ。しっかり押さえてあります。テープ、見てください」

ミーティングルームのモニターに、揺れる波の画が映し出された。 波の高さは四、五メートルはありそうだ。揺れのせいか画像が乱れる。 画面はいきなり水中に切り替わる。青いというよりもグレイの色調だ。
時折、小魚がカメラの前を通りすぎるが、大型魚は映っていない。 泳層が違うのだろう。
また、水上の映像になる。陸は映っていない。上下左右に大きく揺れる映像の中に船影が見える。それが近づき大きくなる前に画面が乱れ映像が途切れた。

「これはアリューシャンの画です。この後です」

西山の言葉が終わらないうちに、画面一杯に魚の群れが映った。始め鰯の群れのように見えたその映像は、海中に射し込む一条の光りに反射して、それが豊かに成長した魚たちの群れであることを示していた。背びれの後ろには大きく発達した脂びれ、それこそ、その魚たちが鱒の仲間であることの証だった。

斉藤は、見事芦沢の期待に応えた映像をものにしていた。
そしてそれは、この企画の好調な滑り出しを告げるように輝いていた。