「芦沢君、予定を繰り上げることはできんのかね」
「首相、キャンペーンの名前はご存じですよね。コールバック・サーモンと言っているのに、サクラマスを上らせたんじゃ羊頭狗肉じゃないですか」
「それはそうなんだが、せめて水を流し始めるくらいは出来るんじゃないのかね」
「準備はできています。しかし、六月に流し始めたとしても川の様相を呈するまでには一ヵ月かかります。淡水化装置の能力は一日千トンですが川床に吸い込まれていく水がなくなって飽和状態になるまでに三週間をみています。これだけ乾燥してますとそれでいけるかどうか分かりません。実際やってみないことには」
「水が流れるまでに一月かね」
「ええ、あっ首相、電話が掛かってますので失礼します」
「芦沢君、工事はまだ終わってないのかね」
「はい、ああ建設大臣」
「なぜ川床をコンクリートで固めないのかね。それに護岸工事もしてないらしいじゃないか。そんなことをしてるからいつまで経っても水を流すことができんのだよ」
「いえ、大臣、自然に見える川にしたいのです。護岸工事やコンクリートの川床を造ってしまったりしたらサーモンは上ってきませんよ。それに、産卵できないじゃないですか」
「そうか、そんなもんかねぇ」
「ええ、そんなもんなんですよ。あっ、電話がかかってますので失礼します」
「芦沢君、その川で子供たちを泳がせることはできんのだろうか」
「はい、文部大臣、検討の余地はあると思いますが、それよりもやはりサーモンを上らせることで自然や命の尊さを教えることの方が大事なのではないかと思いますが」
「そうか、分かった。では、その方向でできるだけ速やかに対応してくれたまえ」
「はい、承知いたしました」
「芦沢君、その川なんだけど、飲み水としては大丈夫なんでしょうねぇ」
「あっ、厚生大臣、飲料水として提供するつもりは全く今のところ考えていません。もちろん淡水化装置で造った水ですから飲料水として使用可能ですが」
「もしそうなら、飲料水として地域住民に還元するというのはどうなんでしょう」
「公式には無理ですが、非公式にはそういうことになっていくと思いますよ。なにしろ、目の前に水が流れている訳ですから」
「そうなった場合の安全性の保証という問題が発生することになりませんか」
「大臣、このような時期にそんな問題は発生しないと思いますが。水が流れていることだけでも奇蹟的な光景になるはずですし、それを飲むとどうなるかという問題は二の次なんじゃないでしょうか」
「はたしてそうだろうか。うん、そうならいいんだが。そうだよね」
「大臣、切らして頂いてもよろしいでしょうか」
「うん、そうだよね」
「芦沢君、今回の河川再生法なんだが、ひな型として研究させて貰えんだろうか」
「はい、通産大臣、それは一向に構いませんが」
「砂漠化は世界中で進んでいるわけだが、そのような国に対するODAとしても活用していくよう政府に働きかけたいと思うんだが」
「大臣、外国よりも自国で活用すべきでしょう。国民は輸入飲料水など飲みたくはないと思いますが」
「おお、それはもっともだな。これをひな型として研究するように外国から研修生を呼び集めることにしよう」
「大臣、そんな税金を遣うくらいなら、他の市町村に一か所でも二か所でも導入すべきなんじゃないんですか」
「うん、それもそうなんだが、管轄が違うんでな。いや、じゃ、どうも」
キャンペーン本部の電話は鳴り続け、芦沢もまた西山の兄や斎藤と同じようにテレビ画面に登場しない日がない毎日を送っていた。芦沢が登場する時間は、朝、昼、晩の一日に三回と決まっていたが、その時間には何とか一言芦沢と喋りたいという視聴者からの電話で回線がパンクするのが日常となっていた。 芦沢がキャンペーン本部の中継室から出てくると携帯電話が鳴った。その番号はごく限られたスタッフにしか教えていない、芦沢のプライベートな電話番号だった。出ると斉藤だった。パソコン画面を見ろと言う。
芦沢が中継室の隣の部屋のパソコンを覗くと、E-メイルが届いていた。開けてみると斉藤からのメッセージに続いて、中継画像が流れてきた。画面には非連続的な映像ではあるが、何が映っているかは十分に判明した。芦沢はその映像を見た途端、
「来た!」と叫んでいた。
「見たか」
「ああ、どこで撮ったんだ」
「新潟沖だ」
「やったな。これで放水が始められる。サクラマスの遡上にも間に合うかもしれねぇ」
「芦沢さんよ、あんたは運がいいぜ」
「斎藤さん、俺は今回はヤラセはやっちゃいねぇぜ」
「ああ、確かにな。だが、回りが寄ってたかってヤラセをやってくれてるって訳だ」
「斎藤さんよ、面白ぇもんだな、世の中って奴は。現実そのまんまにゃあ皆がうんざりしてるんだよな。日本中水がなくて飲み水もねぇってのに、鮭を川に上らせるためにゃあ金を惜しまねぇ」
「日本中、偽善者だらけだ」
「斎藤さんよ、そりゃ違うぜ。自分の本当の姿を見るのは辛いもんなのさ。飲み水に困ってるからこそ、魚のために川を造るっていう理屈が成り立つのよ」
「不幸な人間ほど他人に優しいって奴か」
「ああ、とことん不幸でなきゃそうはなれねぇけどな。貧者の施しとでもいうのかね」
斎藤は鼻を鳴らすと電話を切った。ディスプレイには銀色に輝く大型魚の群れが映し出されていた。例年なら八月にならなければ姿を見せることのないシロザケの走りの映像だった。「いつ来るか分からない。来たらすぐに知らせてくれ」そう、斎藤に言っておいた映像だった。
これで四、五、六の1クールに続いて七、八、九の1クールにそのままつないでいくことができる。しかも、鮭の遡上に向けて番組を盛り上げていくことができる。新潟沖を群泳している群れは、一ヵ月後には能登半島沖に姿を見せる筈だ。いや、河口に水の匂いのする川は水無川しかない訳だから、その匂いを追ってもっと早く福井沖に姿を見せるかも知れない。
一ヵ月後に遡上させるとすれば、すぐに放水を始める必要がある。だが、セレモニーの準備などを考えれば放水までに一ヵ月はほしい。すると河口のゲイトを開けるのは二ヵ月後ということになる。七月中旬に放水セレモニー、二つの村の合併による新町名の発表と水無川と水無山の新しい名前の発表。当選者は招待して大々的に派手に表彰しなければ。首相を始め各後援省庁に全国首長の招待。各国代表者の招待。両陛下の臨席も必要になるかもしれない。これに水位が上がっていくのに合わせて色々なイベントが絡んでくる。そして、八月の中旬にゲイトオープンで遡上開始。番組の方も河口から下流、中流、上流と追っていけばいい。
もうすでにこの頃には番組を放映する必要などなかった。国民はこの小さな川にこの国の希望の全てを託していたし、政府もあらゆる援助をすることを惜しまなかった。斎藤の操るカメラの映像はNHKを始め全てのテレビ局の映像として全国に流され、日に日に進行していく水無川の工事の様子でさえ、あたかも国家建設の息吹を伝える映像のように熱を伴ってブラウン管の向こうに輝いていた。
予定は大幅に前倒しされ、放水セレモニーは六月末日におこなわれることになった。学校は長い間休校になっていたし、役所は月、火、水の三日しか開いていなかったし、企業もそれにならおうとしていた。政府も国民も、このキャンペーンの進行に全ての期待を掛けていたし、とにかく早期の放水に最大の関心が集まっていたのだ。
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